ジャクソンは、1798年にメミー・ジャクソン(Memmie Jacquesson)が創立、現在
ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区のアイ村のすぐ近く、ディジー村に本拠地を置きます。
1835年に二代目のアドルフ(Adolphe)が会社を継承すると、その豊かな創造力と努力により今日の名声と飛躍的発展をもたらしました。
アドルフは、当時まだ不完全だったシャンパンの製法を変革し改良する発明をしています。「葡萄苗木の配列」をドクター・ギュイヨ(Dr.Guyot)と考案、「糖分濃度の測定」を化学者ジャン・バティスト・フランソワ(Jean‐Baptiste Francois)と共同開発、1844年にはコルク栓を押さえる金具「
ミュズレ」を発明して特許を取得、また、いまや当たり前になっているシャンパンのキャップシールを初めて採用しています。
ジャクソンは必要な葡萄の60%をアヴィズ村、アイ村のグラン・クリュ、ディジー村、オーヴィレール村のプルミエ・クリュなどの自社畑から、加えて、
モンターニュ・ド・ランス地区のグラン・クリュの契約農家から40%の葡萄を買い付けています。内外合わせて52haの葡萄農園から、ジャクソンは年間36万本のシャンパンしか生産しません。それは、ジャクソンがグラン・クリュとプルミエ・クリュの葡萄しか使用しないし、ジャクソンの品質基準に満たない葡萄は使わない。それは、あくまでも「葡萄の品質」に一切の妥協を許さないという哲学に起因するものです。
ジャクソンは優れたシャンパンづくりの6割は栽培にかかっていると考え、自社畑はもちろんのことですが、契約栽培農家についても、土壌づくりから剪定・収穫に至るまで「目の届かない畑はない」といえる栽培管理をしています。契約栽培農家がこのような厳しい栽培管理を受け入れているのは、ジャクソンが徹底して高品質の葡萄を求めることを十分理解しているからです。
栽培の次に大切なのは「よい葡萄果汁を得ること」として、葡萄の圧搾に2割の重要度をおき、すべて自分たちの手で行って、決して人任せにしません。圧力のコントロールはコンピュータを利用しているものの、伝統的な木製の圧搾機で優しく搾ります。そうして、ジャクソンが必要とする最良の果汁だけを取り出してシャンパンにします。それは、初めの100L(葡萄4,000kg当たり)と、プルミエール・タイユと呼ばれる終わりの500Lは使わないという徹底ぶりです。
そして、残りの2割の重要度を「醸造」におき、ワインの発酵は
オーク樽を用いてセラー内で十分な熟成を行います。また、収穫畑や品種ごとに様々な容量の
オーク樽を使用しています。ジャクソンは人為的なあるいは機械的な醸造工程をできる限り行いません。例えばフィルターろ過を行わず、自然の冷却を行いゆっくりとワインを清澄させています。また、
ドサージュは最小限にとどめ、ワイン自体の持つテロワールの力を大切にしています。
ここまでの努力とこだわりから生まれたエレガンスとコンプレキシティ「優雅さと奥行きの深さ」をうたうジャクソンのシャンパンは、ナポレオンの結婚披露宴で使用されたことや2002年度版「ソムリエが選ぶワインガイド」のNO.1シャンパン・ハウスに選ばれたことなど、高い評価が確立されています。
2000年より
Brut Perfection /
ブリュット・ペルフェクション 及び、
Brut Perfection Rosé /
ブリュット・ペルフェクション・ロゼ はキュヴェ・ナンバーシリーズのリリース開始に伴い、販売は終了しています。