ピエール・カロはコート・デ・ブランのアヴィーズ村に本拠を置くRM。ブドウの収穫の1/3をボランジェに提供していることが有名。
アヴィーズ/Avize,クラマン/Cramant,シュイイ/Chouilly,グローヴ/Grauvesの4つの村に7.25ヘクタールの畑を所有していますが,その内の2.25ヘクタールで栽培するブドウは全てボランジェによって購入されています。また,ボランジェがアヴィーズ村に所有する0.6ヘクタールの区画の栽培を小作契約で任されているレコルタンでもあります。
つまり,カロの造るブドウはボランジェも惚れ込むほど,極めてクオリティの高いものなのです。しかし,カロは自身のドメーヌ・シャンパーニュでも高い評価を得ています。アシェットには毎年掲載される常連,また,『クラスマン』においては<クリュッグ・スタイルの熟成に値するシャンパーニュ!>とまでコメントされているほど。また,その卓越した技術から同村のジャック・セロスとは何かに比較されることが多いレコルタン。コート・デ・ブランのシャルドネを主体とし,安定感抜群でフィネスとエレガントさを兼ね備えたカロのシャンパーニュは,年間4万本前後しか造られないこともあり,毎年フランス国内の昔からの顧客を中心に直販され,国外に輸出されるのはごく僅かです。
栽培は環境に配慮したリュット・レゾネで行われ,土も耕耘しています。その他,年間を通じて行われる畑作業の全てが手作業で行われ,ブドウの収穫も手摘みで行われます。所有畑のブドウのうち,5ヘクタールで収穫したブドウのみがドメーヌのシャンパーニュの醸造に使われ,残りの2.25ヘクタールのブドウは全てボランジェによって購入されています。
カロ家の祖先ルイ・カロ/Louis Callotがアヴィーズ村に定住したのは1780年頃。その息子が,アヴィーズ村に最初のブドウ畑を購入しました。その後,畑は代々家族で受け継がれていくが,1860年に生まれたオーギュスト=ルイがドメーヌで初めて醸造を行う一方で,メゾン・ロデレールの醸造も手掛けました。カロ家は1971年にメゾン・エイドシックがアヴィーズ村に所有していた畑と醸造所,セラーを買い取り,ネゴシアンに提供するブドウの圧搾を開始しました。1985年にドメーヌ・ピエール・カロを設立し,元詰めシャンパーニュ造りに着手しました。1987年に醸造学の免状を取得後,ボルドー,そしてシャンパーニュのテタンジェやヴランケンなどで働いていたティエリーがドメーヌに参画。1996年にドメーヌの当主に就任しました。