ヴーヴ・クリコ・ポンサルダンは1772年、フィリップ・クリコによってクリコ社として設立されました。1799年、息子のフランソワはランスの裕福な家の娘バルブ・ニコル・ポンサルダン(1777年誕生)と結婚しますが1805年に死去、未亡人となった婦人(当時27歳)は夫の意思を継ぐことを決意しシャンパン業に乗り出します。当時年間売り上げ実績が僅か5万本だったクリコ社は、彼女が89歳で死亡した1866年には3000万本を売り上げる会社に成長していました。社名は1810年に現在のヴーヴ・クリコ・ポンサルダンと改名。1987年に世界有数の高級ブランドのコングロマリットであるLVMH傘下に入り、その後は日本を含めた世界各国の市場で積極的に販売網を広げ、世界有数のシャンパンブランドとして君臨しています。
かつてマダム・クリコは、腕利きの醸造技師アントワーヌ・ミューラーとともに、何日も何ヶ月も薄暗い蔵にこもって、シャンパンの澱を取り除き、澄んだ美しいシャンパンをつくるための研究をかさね、澱を取り除くための台「ピュピトル」とボトルを毎日少しずつ回転させる作業「ルミアージュ」を開発したのです。また、彼女はコルクに錨とV.C.Pの文字の刻印をし、ボトルに同じモノグラム(組み合わせ文字)を刻印しました。これは、伝統と優雅さのクリコ・スタイルの象徴として世界中に認められている、有名なイエローラベルのデザインのできる前の事です。今は、醸造責任者のジャック・ペテルスによって丹念に仕上げられたシャンパンのみ、ヴーヴ・クリコの名を冠することができるのです。
クリコ社は現在平均格付け97%以上のクリュの畑を280ha所有していますが、それも必要量の3割程度。貯蔵用の地下セラーは25kmにおよび、現在では観光用のミニ列車まで走っています。
イギリス王室の紋章が物語るように、王室でも愛飲されており、1981年の故ダイアナ妃のロイヤル・ウェディングにもヴーヴ・クリコは指定されています。